宗教は難しい のバックアップ(No.5)
1.宗教の好き嫌い
- 人によって、自然科学が苦手だったり、文学や芸術が苦手だったりする人もいて、宗教にも、同様に得意な人や苦手な人がいても何ら不思議ではない。
- 宗教と他の学問を比較することは、次元の違うものの比較でありまったく意味のないことでもある。
- 宗教は、人が生きていくうえで必須のものであり、他の学問と違って苦手だからと言って、避けて通ることはできない。
2. 宗教はなぜ難しい
- 一般的な学問は、学校で習ったり、マスコミや企業など、開かれた社会で取り上げられるが、宗教は、家庭や特定の宗教団体という閉ざされた社会で取り上げられるのが一般的で、どうしてもマイナーなイメージができてしまう。
- 聖職者になろうとしている特別な人でない限り、正式に宗教を習得する機会が与えられない
- 自然科学の論理形に慣らされてきている現代人にとって、宗教の論理形態には違和感が拭えない。
3. 宗教学は難しい
- 一般的に宗教学者は、自然科学者と比較して信用できない。
- 自称宗教学者がいたとしても、仏教やキリスト教などを公平に研究することは難しい。
自称仏教学者がいたとしても、日蓮宗や浄土真宗などを公平に研究することは難しい。- 宗教学者が宗教を研究しようとしても、どうしても自身の信ずる宗教宗派に偏りができてしまい、公平・客観的な宗教の研究はできない
- 真に公平・客観的な宗教宗派の研究をしようとすると、すべての宗教宗派に一定の距離を置いた無宗教者の方が研究しやすいという矛盾が発生してしまう。
- 真面目に宗教を究めようとすると、全宗教を統合するような研究をするか、一部の宗教宗派の研究をするしかなくなる。
- 一部の宗教宗派の研究をして教えるということであれば、学者というより、一般の聖職者の説教と同様になる
- 全宗教を統合するような研究をするということであれば、各宗教宗派の教祖の上に立つということになり、何様かという社会的非難を覚悟しなければならない
4. 宗教と自然科学との違い
- 自然科学は、この世の現象を研究するものであり、客観的再現性を基本としており、誰にも一様に理解しやすい
- 宗教は、実在界の仕組みを研究するものであり、客観性も再現性もない。
- この世は、公平な現象世界であるのと比較し、あの世は明確な差別のある念いの世界
- この世は、生まれたときは無からの出発で、その気になれば、誰にでも会うことはできるし、どこにでも行くことができる
あの世は、生まれ直しなどで、やり直しがきかず、地獄界から脱出は簡単にできず、誰にでも会えるわけではなく、誰でもが極楽へ行けるわけでもない - この世では、誰が見ても同じものは同じように見えるが、あの世では、その人の念いによって見え方(感じ方)が全然違ってくる
悟りのレベルや生活してきた文化によって、見え方がまったく異なる
- この世は、生まれたときは無からの出発で、その気になれば、誰にでも会うことはできるし、どこにでも行くことができる
- この世は、公平な現象世界であるのと比較し、あの世は明確な差別のある念いの世界
- 人によって見え方が違い、再現性もないものなので、研究して他者に伝えることは非常に難しい。
- 主として五感で感じたことを基準に物事を考えることに慣れている者にとっては、実在界の理解は非常に難しい
5. 宗教は易しい
- 自然科学の場合は、ボトムアップ型なので、学問の進歩には長年の蓄積を要する。
- どのような天才であっても、生後この世で得た学問的蓄積のうえ研究するという積立方式で学んでいく
- ある程度の努力も必要だが、知性が必要となる
- 宗教の場合は、トップダウン型であり、この世での学びもあるが、宗教者の指導や守護霊などによる天国からの指導・助言からいきなり悟るのが一般的であり、この世での文化的蓄積などをそれほど必要とはしない。
- 宗教的なものを取り入れようとする素直さが重要であり、生前の先天的な蓄積も欠かせない
- ある程度の努力も必要だが、頭の良さ(知性)というより悟性が必要となり、難しく考えることが理解を妨げていることもある
- 宗教は、ただ信じるだけで価値があり、決して難しいものではない。
- 広義の宗教としては、真の宗教と危ない宗教があるので、この判断を間違えると非常に危険である
この意味では、宗教はやはり難しい
- 広義の宗教としては、真の宗教と危ない宗教があるので、この判断を間違えると非常に危険である
(2024.6.13)