なぜ不幸ばかりが続くのか のバックアップ(No.1)
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- 1 (2025-05-24 (土) 21:08:49)
1.神様がおられるなら、なぜ不幸ばかりが降りかかるのか
- 「神様がいらっしゃるのに、なぜ自分に不幸ばかりが降りかかるのか」という素朴な疑問について考えてみる。
- 不幸が降りかかると感じることについては、いくつかの背景(原因)がある。
2.幸福に対する認識のずれ
- 自分が今、望んでいることが、神様から見て、必ずしも本人にとって良いこととは限らない。
- 自分としては幸せに感じることであっても、後から見て必ずしも本人のためになるとは限らない
- 大切なパートナーと別れることになっても、後でもっと自分にあったパートナーが現れる
- 望んだ仕事につけなくても、それがもとで後からもっと良い仕事につけたりする
- 自分としては幸せに感じることであっても、後から見て必ずしも本人のためになるとは限らない
- その時は失敗に思えても、それが契機となりより大きな成功をつかむことがある
- 後の大成功を得るために、貴重な失敗の経験を積まされている
- そこで失敗してやり直したことが、後の大成功に繋がる
- 不幸になった(失敗した)からといって、単純に腐るだけではなく、失敗を糧にして、未来に向けて最善の行動をとる前向きな心を持ち続ける必要がある。
3.不幸の定義が違う
- 自分がこの世の感覚で不幸だと思っていても、あの世から見た場合、その方が良いこともある。
- お金持ちになったり長生きすることを望んでいたとしても、あの世から見て、それが本人のためになるとは限らない
- お金持ちになったり長生きすることによって、地獄行きになったりして、余計に本人が苦しむことになったりする
- 周りに楽しいことばかりあって幸せに見えても、堕落への誘惑ばかりかもしれない
- お金持ちになったり長生きすることを望んでいたとしても、あの世から見て、それが本人のためになるとは限らない
- この世的な幸福だけを求めるのではなく、あの世から見た善悪を意識した生き方をする必要がある。
4.あえて不幸が与えられる
- あの世から見た善悪を確信しているかを確認するために、神様があえてこの世的な不幸(試練)を与える場合がある。
- 身体障碍者などに生まれたり、極度に貧乏な家に生まれたりとしても、そこからいかに生きるかが今世の目標だったりする
- どのような苦難にあおうとも、信仰心を失わないかを神様から試されているかもしれない
- この世的に明らかに不幸に見える環境に生まれているものは、神様から高度な試練を与えられている、期待されている者だと認識して、腐ることなく、誇りをもって前向きに生きることが肝要。
5.おのれの運命を受け入れる
- 人生に楽のみを求めるのではなく、人生を一冊の問題集であるととらえ、それぞれの課題に取り組む必要がある。
- 生きる環境の幸不幸を人間の尺度で測るのではなく、与えられた運命を素直に受け入れる必要がある。
- 与えられた環境下で、いかに正しく幸せに生きるかを常に考えることが重要
- あえて試練を求める必要もないが、自分自身を鍛えるためにこの世に生を受けたのであるという認識を持って生きる。
- この世を楽に生きることや長生きすること事態が幸不幸の基準であってはいけない
- 外部環境で幸不幸が決まるのではなく、自分の生き方感じ方で幸不幸は決まる
(2025.5.24)